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【書評】

中倉智徳『ガブリエル・タルド』2011.3.刊行

『東洋経済』2011625日号、133頁、所収

 


 

 社会は「夢」、「催眠状態」と変わらない。ただ一瞬だけ「夢」から覚めることがある。「発明」の瞬間である。発明は共同幻想を打ち砕き、社会を革新する。だが社会は、今度は「新たな夢」の中へと入っていく。

 そんな奇抜な観点から独自の経済社会学を築いたのは、フランス社会学の創始者の一人として知られるガブリエル・タルド。最近、にわかにブームになってきた。本書は主として、タルドの大作『経済心理学』を分かりやすく読み解いた好著である。

 「ホモ・エコノミクス(経済人)」に対する批判は、鋭利で含蓄が深い。「幸福への欲望」を他の「欲望」類型と対比する視点も興味深い。「胚-資本」と「子葉-資本」の区別も示唆的だ。そして何よりも面白いのは、「余暇」をだれに、どの程度配分すべきか、という論点である。

 タルドは三つの解決法を検討する。一つは「社会の最良の部分」たる高貴で卓越した人たちに、すべての余暇を集中させる方法。残りの人々は余暇なしに労働させられる。第二に、全員が一定時間労働し、一定時間余暇をもつ方法。これは平等主義的な解決である。最後に、余暇は「悪徳」だから、すべて取り上げてしまうという方法。働くことこそ美徳であり、余暇は必要ないという考えである。

 従来、優れた人々に余暇を集中させる第一の方法が、諸々の発明を導いてきた。だがタルドは、労働者の勤務時間短縮と余暇の増大を展望する。労働は有用な植物、余暇は野生の草花である。科学や産業や美術はこの「野生の草花」によってこそ、革新されるというのである。

 余暇に加えて、タルドは組合(アソシアシオン)を展望した。真の組合は、労働者の魂に喜びを取り戻す。その理念と構想は、現代人にとってもなお魅力的なビジョンを与えているだろう。

 橋本努(北海道大教授)